叶わないとか、そんなの、知ってる







奥州の短い夏。
長く厳しい冬に動けない分、この季節は何もかもが活発に動く。
政も、商売も、もちろん、戦も。

元々仲が良くない隣国が挙兵したのは、そんな夏の終わりごろだった。




国境の、合戦場となるであろう場所を見下ろせる丘の上に幕を張り、本陣を作る。
戦に参加するのは初めてではないが、慣れるほどの場数も踏んでいない。
そもそも、私の仕事は諜報であって戦忍びではないのだ。
今度の戦に加わるよう言われたとき、なんで、と理由を聞くと
『何事も経験だ、、You see?』
と隣にいる男に言われた。

「それにしても、まためんどくさい時期にめんどくさいのが来たね」
足軽の防具を見に付けた私は、隣にいる城主に話しかけた。
幸い、主に対する軽口を怒る側近は傍にいない。
「ま、秋や冬はなるべく動きたくないってーのは向こうも同じだろ」
こちらからでは半分を眼帯に隠された顔しか見ることができないが、口調から察するに楽しんでいるようだった。
「もう二度と兵を上げる気を無くすくらいに相手してやるよ」
Ha-ha、と政宗は前を向いたまま笑った。

「…梵、趣味悪いな」
「梵って言うんじゃねーよ」
思ったままに言うと、いつも通りの返事が返ってきた。
戦が始まるというのに、呑気なものだよ、と自分に対して苦笑する。




早くも涼しくなり始めたその夜。
夜襲に警戒する兵を残して、あとのみんなは明日から始まるであろう戦に備えて寝ていた。
私はというと、大将、つまり政宗がいる幕の裏に控えていた。要するに護衛。
ただし、昼間の足軽の格好ではなく、着なれた忍び装束。


やはりこちらの方が動きやすいし、良い。
そんなことを考えていると、
「Hey,
寝てないことは分かっていたけど、急に声をかけられて一瞬びくっとする。
「ん、何?」
幕の間から顔を出せば、政宗は横にもならず、座ったままこちらを見ていた。
「いや、用ってわけじゃねぇんだが、」
珍しく言い淀む主に、私はへらりと笑い返す。
「何、政宗らしくない」
普通なら主に対して失礼すぎるその発言に政宗は怒ることもせず、一度目を閉じて軽く息を吐いただけであった。
「だから、」
は、」
どうかしたのか、と言おうとしたところで名前を呼ばれ、口を閉じる。
ゆっくり目を開けた主は、切れ長の隻眼を私に向ける。
「結婚して、家庭を持ちたいと思ったことは無いのか?」



政宗の言葉に、私は唇を噛んで目を伏せた。
一拍の間を置いて、
「どうして、そんなこと、聞くの?」
なんとかそれだけ、絞り出した。
政宗は、そんな私の様子を黙って見ていたが、唐突に口を開いた。
「Ah-...ウチの侍女が一人、今月結婚すると嬉しそうに言っていた
 お前ももういい年なんだし、
 …いつまでもそう忍びとして俺に仕える必要は、」
「政宗」
その先を聞く前に、城主の名前を呼ぶ。
「私はこのままでいいよ、
 用は、それだけ?」
早口にそう言うと
「あ、ああ…Sorry,こんな時間に」
「じゃあ、私はもう下がるね」
政宗も狼狽することがあるんだな、と頭の片隅で思いながら素早く幕の裏に引っ込む。



草の上に座り込み、膝を抱える。
頭の中には今政宗から言われたことがぐるぐると回っている。
(結婚?しないよ、そんなものは)
(忍びになると決めたときに、女として生きることは捨てた、はずだ)
(第一、私が一番慕っているのは、)
(一介の忍びが、こんなことを思ってはいけないのに、)
叫びたい衝動に駆られるが、その言葉を一つずつ心の奥底にしまい込む。
こんなことで心を乱してしまっては忍び失格だ。

深呼吸を一つして、平常心を取り戻す。



「早く寝ろ、バカ梵」


呟いた言葉に、いつもの返事は無かった。








夏の夜は過ぎゆく




私はいまのままで、
政宗の傍に居られればいいから、

だから、どうか、

「必要無い」なんて言わないで






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伊達さん家の忍びシリーズその3
筆頭は家族愛的なものに餓えてそう←

110904  緋藤