晴れ渡った空。その下に広がる同じ色の海。
眩しく照る太陽は憎らしいほどで・・・


私は病室から飛び出したい思いを押さえ込んでいた。
煩いほどに響く蝉の喚き声を背景に、私は病院のベットに横たわり左足を吊り下げていた。
なんでこんなに暑い夏の日に足をぐるぐる巻きにして蒸し焼きの如くにしておかなければならないのかというと、
まあ、早い話が私の失態だ。
つい昨日のこと、あれその前かな?
とにかく、長く続いた雨が止んだ翌日、いつものようにマウンテンバイクで跳んだら、ちっと跳びすぎて着地先で滑って・・・。
その先は言わずもがな。
だから今はこの通り、とても眺めのいいこの部屋で夏を満喫しているというわけです。


あー暇だな・・・なんて外を眺めてたら、自転車で海沿いの道を走ってる人がいた。
いいなーって目で追いかけてたら、コンコンとドアを叩く音がした。
「はいはい、どーぞ」
と生返事をしながら目をドアに向けると、何かいた。
ドアをノックした音が聞こえたのだから誰かがいるのは当たり前なんだけどね。
一応説明しとくと、海っていう近所に住んでる所謂幼馴染ってヤツ。
人を確認してから
「あーはい、ありがとう。またね、ばいばい」
って言ってまた目を外に戻そうとした。しかしヤツは
「おい待て、折角人がお見舞いを持ってきたってのに・・・」
とかぬかしている。
「あーじゃあ、そこら辺に置いといて。おつかれ、またねー」
「だからちょっと待てよ。ひどいだろ」
とか何とかぶつぶつ言ってる。
折角私が夏に浸ってるというのに、やなヤツめ。


まあ、わざわざ来てくれたんだから、少しくらいからかってやるのもいいのかもしれない。
「わかったわよ。で、お見舞いって何?」
「う・・・」
何だ口から出任せか、と思ったのだがなにやらポケットをあさっている。
そして握ったまま手を差し出してきた。
「これ。たいした物じゃなくて悪ぃな。ここ来る時にちょっと目に留まったから拾ってきたんだ。」
言われて受け取ってみると、ただの貝殻だった。ただ綺麗なだけの貝殻。
私はその中に外の片鱗を垣間見て、しばし止まっていたらしい。
「あーいらないならいいんだけど・・・」
戸惑いながらの言葉に引き戻されて、私はあわてて返事を返した。
「いや、もらう・・・もらっとく。」
「ならとっとけ。んで・・・」
私の返事に驚いたらしいが、どうやら本題に入るらしい。


「その・・・しばらく自転車に乗れないんだろ?その足だし・・・。折角しばらく晴れるらしいのにな。
で、もったいないだろ?だから・・・一緒に海辺の道を走らないかと思って。
いや、お前は乗ってるだけでいいんだ。嫌なら別にいいし・・・」
どうやらヤツは私を慰めるために来たらしい。
途切れ途切れな様子がいかにも面白い。
緩くなりそうな口元を隠すように、顔を外に向け空を眺めた。
先ほどと変わらない晴れ渡った青空。
「おーい、もしもし?」
さっきの自転車を思い出していたところで遮られた。
「九時ね」
「へ?」
「明日朝九時に病院前で。」
振り向きながら笑顔を向けてやる。
ホントに面白いヤツだ。豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしている。
「だめ?」
「いや・・・おう、わかった。じゃあ明日な。」
立ち直りかけた状態でヤツは出て行った。


私は夏の熱気に当てられた頭の片隅で、明日着る服の心配をしていた。









翌日朝八時四十五分
私は昨日お母さんに頼んで持ってきてもらった白いノースリーブのワンピースを着ていた。
ま、たまにはいいんじゃない?
そして松葉杖をつきながら病院前までやってきた。


「よう、遅かったな」
「あんたが早いんだよ」
いつもと同じ格好だけど、隣に立っているのはいつものマウンテンバイクではなくて、ママチャリ。
あれ?っと思ったところに
「ああ、いつものやつだと後ろに乗れないだろ?」
と。
そこで私は始めて気がついた。
確かにそうだ。というかなぜ今まで気づかなかったのか。
「じゃあ、この格好はまずいよね。ごめん着替えてくる。」
「い・・・いや、そのままでいいだろ。気をつければ。それに・・・」
最後の方はぼそぼそしていて聞こえなかったが、
「よし!行くか」
乗り気らしいし、まあいっか。


私は海が乗った自転車の後をまたいで荷台の上に座り、手をついた。
「大丈夫か?」
「おっけー」
昔からよく自転車に乗ってきたけれども、こんな二人乗りは初めてだ。
海がこぎだす。
病院の駐車場を抜け出す。加速する。
意外と快適だった。
ブレーキをかけながら坂を下り、道に出る。
昨日自転車が通っていた海沿いの道だ。


「す・・・・・・て・・・か?」
風でうまく聞き取れない。
「何?もう一回言って」
大きめの声で尋ねる。
今度は少し振り向きながら言ってきた。
「スピード上げていいか?」
「うん。もちろん」
「なら、しっかりつかまってろよ!」
海は言うやいなや、スピードを大きく上げた。
とっさのことでどうしようもなかった。
「きゃっ」
バランスを崩しそうになった私は海につかまった。
いや、むしろ抱きついてしまった、というのが正しいかもしれない。
「いきなりすぎ!」
抗議の声を上げる。
「ごめんごめん。でも少しくらいスリルも欲しいだろ」
悪びれずに言う。
「そんなことより、ほれ。ちゃんと景色を楽しめよ」


その声で今更ながらに気がついた。
横に広がるのは一面の海。ひたすらの青。
「うわー・・・」
太陽の光にきらきらと輝くそれに私は言葉を失った。
病室で見るよりも、それは大きくて、綺麗で、優しかった。


「な。いいだろ。いつも自分でこいでる時は周りの景色に目を配れないからな。十分楽しんでおけ」


夏の力は偉大らしい。
私は素直に「うん」って答えて、海に回した腕に力を込めた。
私の胸にある、貝殻に穴をあけて作っただけの簡素なネックレスが押し付けられ、存在を主張する。
火照ったほほにあたる風が心地よい。
清々しい夏の気分に染まった私は“海”に向かってそっとつぶやいた。


「ありがと」


気づいたかどうかは分からないけれども、“海”は穏やかに微笑んだようにみえた。








Summer











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なんとげろあまブームにハニーが参戦してくれたよ!さすが!
ということで、掲載許可もらったので堂々と上げます(笑)
約1年半前にあんな話書いた人と同一人物とはおも…ゲフンゲッフン!
ありがとうございました!


080611