忍びとは、主に仕えるものではなく買われるもの。


私が忍びの術の師に始めに教わったのは、その一言だった。







「あのさあ、政宗」
「何だ
声をかけた主は、書状をしたためている真っ最中だった。
つまらなさそうに筆を走らせる伊達家の当主の姿を視界の端に入れながら、私はそこらじゅうに放ってある手紙を片付ける。
「国持ちって大変なんだな」
手紙の内容はどれも隣国からの訴えだったり、部隊からの報告だったり、市井の様子だったり、その他諸々。
「そう思うんなら、ちったあ手伝ってくれるとありがてえんだが」
「まっさかー、そんなことするわけないじゃん」
第一、その書状は伊達政宗本人が書くことに意味があり、一忍びである自分が書いたところでそれはただの紙切れにすぎないのだ。
そのことは政宗も重々承知なのだろうが、
「まあ、溜め込むのが悪い」
「急ぎのものはねえからいいんだよ…」
これだからまつりごとは嫌いだ、と苦々しげに呟く。
「鬼庭殿、怒ってたしね」
「Yes、それだ、今日は小十郎とtag組みやがって…」
いつも奥州の政を一手に引き受けている鬼庭殿はかなり温厚な人物なのだが、今日は様子が違った。
片倉殿と共謀、素早く政宗の身柄を確保すると同時にこの部屋へと閉じ込めてしまった。
部屋の外にご丁寧に見張りまで付けて。
その様子を一部始終見てたわけだけど、彼の笑顔が今日に限って、寒気を覚えるものになっていた。




それから、私がこの部屋に天井裏から入って今に至る。
「つーかてめえ、何しに来たんだよ」
生来は涼しい目元なのだが、不機嫌のせいで険しくなった隻眼が私をとらえる。
「何って、政宗の見張り兼暇つぶし」
「てめえも綱元の回し者か…」
「回し者だなんて、失礼な。私は政宗以外に仕えた覚えはないよ」
ただ、あの笑顔で頼まれたら断れなかっただけで。
そーかよ、と政宗は諦めたようにまたその筆先に目を落とした。




「正直、政宗が何石の大名だろうが興味は無いよ」
「何だそれ」
独り言のつもりで漏らした言葉は、しっかりと彼の耳に届いたようで。
政宗はまた顔を上げた。その口調は半ば呆れを含んでいる。
「そのままの意味」
仕方なく私も軽い口調で返す。
「石が無えと、てめえを雇えねえじゃねえか」
「別に私は扶持貰ってるわけじゃないし、関係無いね」


「まあ安心しなよ、例え政宗が牢人したって、私はたぶん政宗に仕えてあげるからさ」










ある忍びとその主の会話


(こう見えても、あなたの近くが気に行っているのだから)





「Hey、仕えてあげるってーのが気に食わねえ」
「また細かいところを…」
私の呟きなどまるで意に介さず、政宗は口の端を釣り上げた。
「仕えさせてやるよ、


「…ありがたき幸せです、伊達政宗様」




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一応筆頭夢は同一ヒロインさんのつもり(091102)