「やあやあ、お二人さん」


「ああ?」
「誰だお前は 名乗られよ!」


門番をしている二人の兵士さんに、慶次さんは世間話をするように話かけた
当然、兵士さんたちは慶次さんを警戒する
その手に持っている槍を構えはしないけど、目つきは厳しくなる


「今日は天気がいいねえ、そう思わない?」
「あ?…ああ、そうだな」
本当に世間話を始める慶次さんに、兵士さんたちはすこし、警戒を緩めた
「こんな天気のいい日はさあ…」
直後、片方の兵士さんの顔面に思いっきり慶次さんのパンチがめりこむのが見えた
そんな同僚の被害に気付いたもう一人も、慶次さんの足払いが綺麗に決まって倒れこむ
「喧嘩でもしたくなるよねー」
兵士さん二人を素手で一発KOした慶次さんは、笑顔でそう言った
そして私はその光景を、少し離れて傍観していた




(…これ、本当に大丈夫なんだろうか……)








春色梅暦     鳴雷月









上田城、大手門前


「ちょっと借りるねー」
慶次さんはすでに意識がない兵士さんの手から槍を取り上げる
「ちょ、ちょっと慶次さん!大丈夫なんですかこれ!?」
「ん、ああ、なんとかなるって」
片手でくるくると器用に槍を回す慶次さんは楽観的に答えた
「えええ……」
(なんとかなるように思えないのは私だけですか…)
「さて、んじゃあ行くかー
 は俺から離れんなよ」
「も、もちろんです…」
(むしろ離れる=死!みたいな…)
「その幸村様ってのは、今日戻ってきたばっかりっぽいからな
もしかしたら宴会でもやってるかも」
「はあ…」
「そーだったら、城の護衛も少ないだろうし、助かるんだけどなあ」
「ところで慶次さん」
「ん?なんだい?」
「ここ…お城の真正面ですよね…」
「そうだよ?」
さも当たり前のように答える慶次さん
「えっと…そんな真正面から突撃していいんですか?」
こっちは二人…いや、実際的人数は一人であって、
(お城に真正面から単騎突撃ってどうなんですか…)
そんな私の心配をよそに、慶次さんは思いもよらぬ答えを返してきた


「喧嘩は、正々堂々やんなきゃね」


(…私の不安が10上がった!)













門をくぐると、大きな広場のようになっていた
見通しのきくそこで、慶次さんの服装はとっても目立つ訳で


私たちを「不審者」と認識した兵士さんが続々と集まってくる
特に逃げも隠れもしない慶次さん(と私)は、あっという間に彼らに囲まれた
「何だお前たち!」
「上杉の手の者か?」
「ここがどこだか分かっているのか!?」エトセトラ
さすがにいきなり斬りかかってくることは無いものの、
口ぐちにそんなことを言い合いながら槍とか刀とかを向ける
「けけけ、慶次さん…!」
目の前に突きつけられる刃物は、恐怖の対象としては十分すぎる
頼みの慶次さんは、特に動じた様子も無く、槍をゆっくり回しているだけだ
「な、何か言ったらどうだ!」
全くの無言の慶次さんに痺れを切らしたのか、兵士さんの一人が叫ぶ
「んー、俺達さあ、幸村様ってーのに会いに来たんだけど」
にやり、と笑いながら慶次さんは前触れなく槍を横に凪いだ
その槍と、兵士さんたちの刀と槍がぶつかり、次々と弾かれていく
「あんたたち倒さないと、駄目かなあ」




そこからの慶次さんの行動は、早かった
唖然とする兵士さんの一人を蹴り飛ばし、次にその左右の人に槍を振り回して無理やりなぎ倒した
兵士さんたちの包囲網がほつれ始めたのをきっかけに、それは、まさに、乱闘と呼ぶべきにふさわしい状況になっていった
気を失った兵士さんがそこかしこに倒れている
一方私は、相変わらず数人の兵士さんに武器を突き付けられていて、動けずにいた
「えっと、あの…」
私が一言しゃべる度に、一歩ずつその武器は近づいてくる
「お前たちは何者だ!?何が目的だ!?」
(ですよねー)
(喧嘩とか言えるわけないじゃないですか)
いくら私が丸腰の子供とはいえ、連れがあんなに暴れていたら警戒するに決まっている
本気でどうしたものかと考えていると、
「はいはーい、ちょいとごめんよ」
不意に、軽い声がしたかと思うと目の前に何かが落ちてきた
そしてそれが人だと分かるのに、数秒かかった
落ちてきた、と形容するのがピッタリなくらいに、その人は唐突に私の前に現れた
(え…迷彩服?)
「ほらほら、アンタたち武器下ろしてー、こんな女の子にそんな物騒なもの向けないの」
私に背中を向けて周りの兵士さんたちに命令?するその服は、自衛隊よろしくの迷彩柄だ
兵士さんたちはというと、その人の出現に驚きつつも、その命令に従って刀やら槍やらを下ろしてくれた
「さあて」
くるり、と目の前の人が回った
ポンチョみたいな上着が、ふわり、と舞い上がる
くすんだオレンジ色の髪の人は、緑のフェイスペイントをした顔で笑っていた
ただし、
「ちょっと話を聞きたいんだけど?」
その手にはクナイ(という名前だった気がする)が握られていて、
その目は全くと言っていいほど笑ってなかった









***









「佐助っ!女子に刃物を突き付けるとは何事だ!」
「何事って言われてもねえ…旦那……」
クナイを突き付けられたままなんか建物の中に連れ込まれ、急な階段を上った先には、
(なんか…全体的に赤い……)
見るからに熱血そうな人が立っていた
旦那、と呼ばれたその人は、ずいぶん若い人だった
(えっ…まさかの素肌にジャケット……)
服装的に、というか時代的におかしいその服?で、両手に槍を一本ずつ持っていた
その人は窓際に立っていて、そこからは外の喧噪が聞こえてくる


「んー、まず君の名前は?」
、です」
相変わらずクナイを突き付けられた状態で、尋問が始まってしまいました
私の真正面には旦那さん(名前が分からないからそう呼ばせてもらう)が立っている
「そう、じゃあちゃん、どこの軍かな?」
「ぐ、軍…と言われましても」
「そ、上杉かな?あそこがこんな手を使ってくるとは思えないけど…
 それとも、村上の残党の時代遅れの敵打ちとかかな?」
「えと……」
キラリ、とクナイが鈍く光る
「まあいいや、じゃあ次の質問
 他の部隊はどこにいる?」
「ほ、他…?」
「まさか、君たちだけじゃないでしょ?」
(残念ながらそのまさかです…)
これはもう、正直に言った方がいいだろう
「えーっと、大変申し上げにくいのですが…」
「ん?」
「私たちだけ…です、というか、慶次さんは幸村さんという方と喧嘩がしたいだけなんです……」
私のその一言に、佐助、と呼ばれた迷彩服の人と、旦那さんは固まった
そりゃあそうだろう
(喧嘩したいために城に殴りこみかけるって…どう考えてもねえ……)


佐助さんが、渋い顔をして聞いてきた
「…ちょっと聞くけど、今暴れまわってる君の連れ、彼の名前は?」
「前田慶次さんです」
その名前に、彼はさらに眉間のしわを深くする
「やっぱり、前田の風来坊かあ…」
呟くようにそう言ってから、するりとクナイを仕舞った
やっと刃物の恐怖から解放される
佐助さんは旦那さんの方に数歩近寄って肩をすくめた
「旦那、アイツの目的はアンタだってさ」
「? どういう事だ、佐助」
「あれ、前田慶次だって、前田の風来坊
 俺様も見るのは初めてだけど、喧嘩好きで有名なんだよ
 そこらをふらふらしてるって聞くけど、戦仕掛けるような奴じゃない
 ただ純粋に、旦那と勝負したいってだけだと思う」
溜息で締めくくったその言葉を聞いた旦那さんは、
「そうか、ならば俺が行かねばな」
と行って窓の桟に足を掛けた
(え、旦那と勝負したいって、ことは、)
(もしかして、まさか、)


「一応気をつけてね、真田の旦那」
「おう」
短く返事をした旦那さんは、そのまま窓の外へ身を躍らせた
「って、ええええ!?」
慌ててその窓へ走りより、そこから見下ろすと、さっきの広場がよく見えた
慶次さんは相変わらず大勢の兵士さんたちと乱闘を続けている
旦那さんはというと、急な屋根を走り下り、その勢いのままジャンプ
広場の中央、慶次さんのすぐ近くに着地した
(…無茶苦茶すぎる……)


どうも、すごい現実を目撃した気がする
唖然としていると、いつのまにかすぐ横に来てた佐助さんが話しかけてきた
「さっきはごめんね、ちゃん」
「あ、いえ…というか、あの人が、もしかして」
「そ、君たちのお目当て、この城の城主、真田幸村だよ」
あれが、お殿様
言っちゃあ悪いが、
なんか…、



(お殿様っぽくない……)




窓の外からは、いつの間にか喧噪は聞こえなくなっていた













***









5、6人目を倒したあたりで、自分が武器としている槍に限界が来たらしく、
7人目の打ちを防いだ衝撃で真っ二つに折れてしまった
それをすぐに捨て、打ちかかかってきた7人目のみぞおちを狙って拳を繰り出し、昏倒させる
(素手っていうのは、アイツの得意分野なんだけどね)
そう考えてから、今はいない共闘相手をすぐに頭から追い出した
そして、倒した人数を数えてる自分に軽く驚いた
(もう競う相手もいないってのに…)
(そういえば、は……)
ちょうど10人目を殴り倒したとき、何かが降ってきた
そいつは、近くに建っていた櫓から降りてきたようで、膝をうまく使ってその衝撃を殺していた
全体的に赤いという印象を与えるそいつは二槍を持つ青年だった
「お主、某と勝負がしたいとは、真であるか」
(やれやれ、こりゃずいぶんと堅っ苦しいしゃべり方するねえ…)
周りの兵士たちが口ぐちに「幸村様」と言っている
(と、いうことは)
「ふうん、アンタが噂の幸村様かい?」
「いかにも、某が真田幸村である」
「前田慶次だ、まあ勝負っていうより俺がしたいのは喧嘩だけどねえ」
軽く笑ってそう言うと、真田幸村はその手に持っていた槍をその場に置いた
「…何のつもりだい?」
「そなた、丸腰であろう、某だけ武器を持つ訳にはいかん」
「ははっ、いいねえ、正々堂々やろうじゃねえか」


「真田幸村、参る」
直進して、そのままの勢いで繰り出された拳をいなし、すれ違いざまに足をその払う
「うおっ」
ぐるん、と一回転した真田幸村は、それでも次の瞬間には態勢を整えた
「だめだめーそんな真正直に突っ込んできちゃあ」
「なんのっ!」
それでも、彼はまた同じように突っ込んでくる
俺は、また同じようにかわす
(馬鹿正直というか、なんというか)
「同じことの繰り返しじゃ、だめだって」
数回転んだ彼にそう言葉をかけても、彼はまた突っ込んでくる
俺は、また避けようと体の重心を動かした
しかし、彼は俺の目の前でピタリ、と止まった
(っ…やばっ)
重心をずらしている俺がそこから動こうとする間も与えず、
真田幸村の拳が俺の右頬を正確にとらえた
細めの体からは考えられないほどの力で、吹き飛ばされる
「同じことの繰り返しと思っていては、だめでござるよ」
鋭く痛む右頬をさすりながら、俺は立ち上がった




「どうやら、そのようだね」









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長くてすみません というか話によって長さバラバラですみません(090326)