「いやもうホント、大丈夫ですなんとかなりますから」
「人の好意は受けとっとくべきだぜ、girl」
藤次郎さんは、思っていたよりしつこい人でした





春色梅暦    花残月






奥州の城下町
その往来のど真ん中で、私と藤次郎さんはまだ押し問答を繰り返していた
「ったく、ここまで頑固なやつは小十郎しかいねえと思ってたんだが…」
「小十郎、さん?」
「Ah−……shit!」
会話の途中で突然藤次郎さんがマズイ、という顔をした
かと思うと私の手を掴んで近くにあった茶屋の中に走りこんだ
茶屋のお姉さんが目を丸くしている


「えっと、どうかしましたか?」
「今一番会いたくねぇ奴が来た」
藤次郎さんにならい、茶屋の入り口からそっと道の方を覗くと、
「…人が多すぎて誰か分かりません」
たくさんの人が往来を繰り返し、誰がその人なのか分かったもんじゃない
「分からなくていいんだよ、…オイ」
藤次郎さんの方を見ると、彼は茶屋のお姉さんに声をかけたらしく、そっちを見ていた
(なんか虚しい…)
「団子を2つ」
「は、はい…」
ぎこちなく返事をしたお姉さんは奥へと消えていった


(そういえば、何で私巻き込まれてるんだろう)






***





「先に言っておきますけど、私お金持ってませんよ」


遠目に見つけた小十郎から逃げるために茶屋へと入った
そこで注文した団子を前に、という娘は至極真面目な顔をして言った


「俺は持ってる、no problemだ
 それとも…払ってくれるか?体で」
茶化して冗談を言うと、その顔が凍りついた
「……この団子には一切手をつけません」
「jokeだ、…こんくらい気にすんな
 やっぱり面白いな、あんた」
軽く笑ってみれば、少女はおずおずと団子に手を伸ばす
「面白くはないと思いますが…じゃあ、お言葉に甘えて…いただきます」




「藤次郎さん、でしたよね」
団子をかじる手を休めて、が顔を上げる
「Ah?」


「何で英語喋れるんですか?」
なんて率直な質問だろう
「あんたが言うえいごっつーのは、異国語のことか?」
「そうですけど、あ…お気を悪くされたのなら…」
の声を遮って、俺は話し出す
「構いやしねえ、異国語は習ったんだよ、OK?」







***





何で英語を喋れるのか、と聞いたら藤次郎さんは習ったと答えた
や、そりゃ日本にいる限り英語なんて習わないと話せるようにならないだろうけど
もしかして、実は奥州だと英語は普通に教えられてた…とか?
(それは無いだろうけど、もしかして、もしかしたら、ね)
もう一つ、訊こうと口を開けたところで藤次郎さんに遮られた
「今度は俺の番だろ?
お前は何で、異国語を知ってて、話せて、理解できるんだ?」
その言葉に私は身を固まらせる


やっぱり奥州でも英語はメジャーなものではないようです




困った
予習してない英語の問題を当てられる以上に困った
うまく誤魔化せられるような嘘もつける気しないし、
変なこと言ってつっこまれたらさらに困る


「えーっと、あー……何と言うか、そのー…私も、習ったんです、よ、」
頼むから誰に、とか何処で、とか聞かないでください
そんな気持ちが伝わったのか、
「それっぽくねぇから違うとは思ってたが、やっぱ異国の出じゃねぇんだな」
藤次郎さんは一息ついてそう言った
それが聞きたいなら最初からそう言ってください、と思ったが黙っておく


「つーか、お前…旅でもしてんのか?」
「あ、はい」
(何で分かるんですか?)
顔に出てたらしい
「その着物、旅装束だろ」
ああ、そういえばそうだった
「じゃあ探してる連れってーのも、その旅の連れか」
「そうですよ、連れというか、私が付いていっているというか、」
ふうん、と藤次郎さんが曖昧な相槌をうつ
「藤次郎さんはどのようなお仕事を?」
「ん、Ah−…」
藤次郎さんは言いづらそうに口ごもる
まさか…プー太郎って訳じゃあないだろうけど…


目線をうろうろさせてるのを見ると、なんだか悩んでいるようだった
「あ、すみません、言いづらいことなら…」
そこまで言った時に、割り込んできた声があった


「見つけましたぞ、…藤次郎様」


低い、どすの利いた声がする
驚いて声のした方に目を向けると…
顔に傷のある、言っちゃ悪いが、怖い人が立っていました


息を切らして、オールバックの髪を少し乱して、怖さ3割増です


藤次郎さんの顔にはっきりと焦りの色が出る
「こっこここ、小十郎……ど、どーした?そんなに慌てて」


小十郎、と呼ばれたその人は何か言いたそうに口を開いてから、


私の方をちらりと見て、(というより一睨みして、)


たっぷり1秒くらい固まって、


大きなため息を吐いた




「とにかく、戻ってくだされ」
「…No、と言ったら?」
冷や汗をかきながらも、いたずらっぽく藤次郎さんは笑う


「……藤次郎様」
眉間のしわをいっそう深くして、小十郎さんが呟く


小十郎さんってあれだ、
この茶屋に入ったときに藤次郎さんが言ってた、会いたくない人
まあ確かに、失礼だけど、
(私もちょっと、このオーラだと会いたいとは思わない…な…)


小十郎さんは、藤次郎さんのことを藤次郎様、と呼んだ
敬称をつけるってことは、藤次郎さんは偉い人ってことだ
少なくとも、小十郎さんにとっては




私が藤次郎さんの素情について考えていると、
キキ、と甲高い声
聞き覚えのある、鳴き声がした


足元を見ると、やっぱり見覚えのある、期待した通りの小動物がいる
半日だって離れてなかったと思うけど、なんだか懐かしく感じた
それから、茶屋ののれんをくぐってくる人影
「夢吉、待てって言ってるだろ……お、いたいた
 よう、
ひらり、と片手を振る


「け、慶次さん…」
一気に気が抜ける
気が抜けたついでに涙腺まで緩みそうになったが、ぐ、とこらえる


そんな私を見てから、慶次さんは藤次郎さんたちに目を向けた
「おや…あんたたち……」
訳知り顔でうなずく
(実際、何か知ってるんだろうか)
藤次郎さんと小十郎さんもなんだか意外そうに私と慶次さんの顔を見比べていた


それから、慶次さんがまた私に向きなおる
それに合わせて夢吉がするすると慶次さんの肩に上り、私と目線を合わせた
「それじゃ、行くか」
あっさりと、そう言って背を向ける


「あ、はい…ちょっと待ってください」
そう言ってから、藤次郎さんと、小十郎さんに頭を下げる
「お世話になりました、ありがとうございます
 …あの、お団子も、」
「いーっていーって、Don't worry.
 無事会えてよかったじゃねえか」
藤次郎さんはにやにやとした含み笑いで応える
「はい…本当にありがとうございました」
もう一度、頭を下げてから茶屋を出る





のれんのすぐ横に、慶次さんが待っていた
私が出てきたのを見ると、無言で道を歩き出した
私も慌ててその後を追う
「あの、慶次さん…本当にすみませんでした」
歩きながら、少し前を行く慶次さんに話しかける
「別にいいよ」
素早く返事が返ってくる
顔は見えない
「でも、」
「いいって、言ってるだろ」
またすぐに返答


「でも慶次さん、怒ってるでしょ」
その一言で、慶次さんが立ち止まる
それに合わせて私も立ち止まる






***





「そりゃ、怒ってないって言えば嘘になるな」
俺は、なるべく感情を押し殺して声を出した
後ろで、が身を固くする音が聞こえた気がした


自分は確かに、不機嫌だろう
だけどそれが突然いなくなったこの連れに対してなのか、
それを許してしまった自分に対してなのか、
よく分からない


だけど、結局は無事に、ちゃんと戻ってきた
それで十分だ
収まったことをいまさら蒸し返すのは子供のやることだろう
そう自分に言い聞かせてから、後ろを振り向く
案の定、不安そうな顔が目に入った


「もういいって、俺が言ってるだろ
 …―無事でなにより、だ」
そう言って笑ってやると、もへらり、と笑う
「…ごめんなさい、
 ………ありがとうございます」


目の前にこいつがいる
それだけで、十分じゃないか

















***









「政宗様」
が去った後、小十郎が素早く俺の名前を呼ぶ
「…OK、分かったよ、城には戻るから、そう怖い顔すんな」
呆れた調子で言っても、家臣の目つきが緩むことはない


自分が城下にいることを吐いたのは、おそらく口止めしたはずの従兄弟だろう
この家臣に睨まれてうっかりしゃべる場面くらいは容易に想像できる
(成実への土産は無しだな)


「あの娘は、何者ですか」
「さーてね、詳しいことは知らねェ
 旅をしている、と言ってたな」
「…前田の風来坊と共に?」
二月くらい前にも奥州へやってきた旅人の名前が出る
その時は確か城に殴りこんできて…懐かしい記憶だ
また来る、と言っていたが本当に来るとは
しかも、一人ではなく
「どうもそうらしいな、そして、何か訳ありらしい
 それにしても面白い奴だった」
今度は、もっとゆっくりと話をしたい
こんな茶屋ではなく、自分の城で
団子ではなく、何か料理を肴にして


そんな俺の考えを見透かしているかのように、小十郎はため息をついた
「…まったく、貴方という人は…
 貴方がもう少し慎み深く、慎重に行動なさってくだされば、私の苦労がどれだけ減ることか…」
「Ha、そりゃ自分の教育が間違ったってこった」
嘆く小十郎に、にやにやと笑い返答する


「さ、帰りますぞ」
そう言って、小十郎は自分の懐から財布を取り出し団子の代金を机に置いて歩き出す
俺はしぶしぶと、その後に続いた


城に向かって歩きながら、小十郎が話しかけてきた
往来をゆく足音に紛れてぎりぎり聞こえるくらいの、小さな声で
「草から、報告が来ております
 豊臣が動き始めた、と」
「Hum…他の軍の動きは?」
自分も同じようにして返す
「詳しいことは、城でお話しいたします
 外でこの話をするのは、あまりよろしくないでしょう」
そう言って小十郎は口を閉ざした
確かに、どこで誰が聞いているのか分からない往来でこんな話をするのは褒められた話じゃない


(Ha!楽しくなってきたじゃねえか)
「しばらくは、退屈せずに済みそうだな」
つぶやいた声はそばの家臣の耳にも届いたらしく、彼は少し呆れて、小さくため息をついた











***








食べ物を買いながら、宿へと戻る
目についたものを適当に買ってるようだったけど…大丈夫なのだろうか
お金とか、腐らないかとか、松風への負担とか、


慶次さんは大丈夫だ、と笑ってたけど…まあ、任せとこう
きっと私なんかが口を出さないほうがいいに決まってる


荷物を抱えて宿に戻ったら、慶次さんは早々と荷物をまとめ始めた
「明日、奥州を発つよ
 も準備しときな」
「あ、はい、早いですね…」
「ん、ああ…一つのところに長居するのは、ちょっとまずいんだ」
へへ、と笑う慶次さん
何か訳があるらしい


そういえば、奥州に来た目的は確か、
「伊達政宗…さんには会えたんですか?」
そう聞くと、慶次さんは目を丸くした
「何言ってるんだ?会っただろ、も」
むしろの方が、話までしてじゃないか
そう続ける慶次さん
「え?…それってどういう…?」
誰と?いつ?どこで?





クエスチョンマークばかり浮かべる私に、慶次さんはとても完結な答えをくれた










「あれ、聞かなかった?と一緒にいた隻眼、あれが独眼竜、伊達政宗だよ」









一拍の間をおいてから、私の悲鳴が響き渡った








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4話です。またもや慶次が半分以上不在…一応、慶次中心なんだけどな(080726)