慶次さんと旅を始めて幾日目
どうやら、やっと目的地に近付きつつあるそうです






春色梅暦   春惜月





「あと峠一つ越えれば、奥州に入るよ」
「そうなんですか…」
小川のほとりで休憩しているときに、慶次さんがそう言っていた


そして今は、峠を下っている最中
奥州は目前だ


ここ数日、交通技術の発達の素晴らしさを身をもって感じた
馬はつらい
だいぶ慣れたけど、お尻が痛いことこの上ない(昔の人はすごいな)





「奥州に何しに行くんですか」
風を切る音に負けないようにと声を少し大きくして後ろの慶次さんに聞いた
「独眼竜に、会いに行こうと思って」
「独眼竜…」
って誰だっけ…聞いたことある気がするんだけど
「ああ、奥州を治める独眼竜、伊達政宗さ」
「あー、伊達政宗…ってその人お殿様ですよね!?
 アポ…ええと、会う約束とかしてるんですか?」
「え?そんなのしてないけど」
慶次さんはしれっと言い切った
いやいやいや、一国の殿様って会おうと思って会えるものじゃないでしょう!?
なんとかなるさ、と慶次さんは笑って、松風の手綱を一層強く引いた
松風は高らかに鳴いて、さらに速く走った
松吉は指定席で、うれしそうに声を上げた
私は、出かかった悲鳴を何とか飲み込んだ




「慶次さん…アクセルのご利用は計画的に…」
「あくせる?」
「…いえ…何でもないです」
松風の爆走により、私たちは予定していた時間より早く奥州入りを果たしたようです
風を切るのは嫌いじゃない
でも、馬でやるのは怖すぎる


私たちは未だ松風に乗り、城下へと向かっている…らしい
慶次さんが言うには、早く着いたおかげで今日中には城下に着くようだ
「ま、着くって言っても日暮れごろだろうけどな」
「はあ…そうなんですか」
日はだんだんと傾き始めている



結局、薄暗くなり始めたころに城下町に到着した
松風も預けられるような宿を借りた
馬に乗り続けたための疲労感と目的地に着いたという安心感で、私はすぐに寝てしまった






***



『ごめんなさい』


暗闇の中で、声が聞こえた
聞き紛うことない、あの少年の声だ
どこか悲しそうな、落ち着いた声


『ごめんなさい』


そんなに謝る理由は、なに?







***



戦国時代っていうと、何となく荒んでるイメージがあったんだけどなあ…
目の前の城下町は、大勢の人が往来する、栄えた姿をみせている
教科書の挿絵とかなんかとは比べものにならない
そりゃあテンションも上がるってもんでしょう
「うわー、すごいですね…!」
は城下町に来るの、初めてかい?」
「はい!人が多いですね」
「まあここは奥州の中心地でもあるしね」
きっと周りの人から見たら、お上りさん全開でちょっと痛い感じなんだろうなあ…
でもこれはこうなるって





***





小十郎が出かけた隙に、城から抜け出した
成実には土産を条件に口止めしておいたからしばらくは大丈夫だろう
まああの年下の従兄弟が自分の側近相手にいつまでごまかし切れるか分からないが
「城下の様子見ってのも、城主の立派な役目だろ」
誰に言うわけでもない言い訳を呟いて、俺は賑わう通りへと足を踏み出した







***




「騒ぐのは構わないけど、はぐれないようにな」
慶次さんから言われた言葉が頭の中に響く
お約束通り、お店を見て回るのに夢中だった私はいつの間にか一人だった
(どうしよう…)
とりあえず、宿に戻ってみようと、もと来た道に足を向ける
当たり前だけど、周りは知らない人ばかり
あっちの都会の喧噪なんかは怖くなかったのに、この人ごみには恐怖を感じる
(このまま会えない、なんてこと、ないよね)
(見限られたら、どうしよう)
(言い訳もできないよ…あっ)
どん、と肩に衝撃
下を向いていたせいもあって、誰かの肩に思いっきりぶつかってしまった
「あ、っと、」
すみません、と謝ろうとした矢先に、
「Sorry」
ぶつかった相手の口から、ネイティブスピーカーのような英語が出てきた
「え?えっと、ア、アイムソーリー、トゥー…?」
何で英語?と思いながらもとりえあえず、自分でも情けないほどのカタカナ英語で返す
(伝わった、かな)
というか、これで合っているのか
(せめて謝罪の気持ちだけでも伝わってくれれば)
おそるおそる反応を待っていると、
「Oh, can you speak English?」
またもや流暢な英語が
(キャンユースピークイングリッシュ、だから、あなたは英語が話せますか、だ)
「イ、イエス…バット、リトル」




***





考え事をしながら歩いていたのが悪かったのかもしれない
すれ違いざまに肩がぶつかってしまった
(なんつー注意力散漫だよ…情けねェ)
「Sorry…っと、」
とっさに口をついて出た謝罪の言葉は異国語で、ここは城下だった、と思いだしたのは言ってしまった後だった
言い直そうと口を開くと、
「ア、アイムソーリー、トゥー…?」
ぶつかった相手がたどたどしく異国語を口にした
(つーか、最後のquestion markはなんだよ)
そいつはよく見ると旅人の様相をしていた
でも、本人はいたって普通の、少女
「Oh, can you speak English?」
そう尋ねると、その少女は少し考えてから、
「イ、イエス…バット、リトル」
片言で、また言った



片言とはいえ何故こんな少女が異国語を話せるのか
何処で、誰に、教えられたのか
訊きたいことはたくさんある
いや、それ以上に
もしぶつからなければ、
もし異国語を話せなければ、
興味を持つことも無いのであろうこの少女に、
フツウに紛れてしまうであろうこの少女に、
何かひっかかるのは何故だ
(Ha! おもしれェじゃねえか)
最高の暇つぶしだ


「Hey, girl?」
「はい、じゃなくて…イエス?」
「アンタ、これから暇か?」
俺がそう聞くと、そいつは目を丸くした
(言っちゃ悪ィが、間抜け面だ)




***



「アンタ、これから暇か?」



突然の日本語に驚いた
(アレ、日本語話せるの…?)
混乱していると、ぶつかった相手が押し殺したような笑い声をあげた
「あー…悪ィ、アンタ、おもしろいな」
私の視線に気づいて、その人はこちらに向きなおった
(顔がまだ笑ってるけど)
(それに、おもしろいことを言ったつもりもないよ)
はあ、と曖昧に返事をしてその人を見る
前髪で隠れていたけど、よく見ると左目に眼帯をしていた
かっこいい部類に入る、整った顔立ち
「で?どうなんだ」
「どうなんだ、と言いますと?」
「さっきのanswerだ、yes or no?」
英語交じりで話すのは癖なのだろうか
「えっと、今連れの方とはぐれてしまって…」
(ていうか、何これ…ナンパ?)
あなたの顔なら、ナンパなんてしなくてもいいでしょうに
「なんだお前、迷子か」
「うっ…」
(そんなにはっきりと…!)
「じゃあその連れ、探すの手伝ってやろうか」
「そんな、名前もご存じない方にご迷惑をかけるわけには…」
知らない人についていってはいけません、と小さい頃よく言われた
さらにこの時代に英語が話せるなんて、失礼だけど怪しい
やんわりと断ろうと思ったのに
「藤次郎、とでも呼んでくれ
 アンタは?」
「え、う、あー…、です…」
どうやら、相手の方が一枚上手だったようです




「いやホントいいですって」
「遠慮することねえよ、一人より二人の方が早いだろ」
藤次郎さんはとても楽しそうに笑っている
いいカモ見つけたみたいなその笑いをやめてくれ、とは言えないが







(誰でもいいから助けてください…)








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見切り発車バサラトリップ3話です。後半KG不在…。(080429)