「な、な、な…何言ってるんですかァ!?」
さんが突拍子もないことを言い出した時、思わず僕は叫んでしまった。
というか、まわりの真選組の人たちも呆然とさんを見ている。



まったく、何を言いだしちゃうんだこの人は。
唐突過ぎるその状況に、
僕はただ、
その状況をぼんやりと見ていることしかできなかった。





#5.






「何って、そのままの意味ですけど…
 私、真選組に入りたいです」
「いや、言い直さなくていいです」
何言ってるって新八に言われたから言い直したのに。
隊士さんたちも何言ってんだコイツ的な目で私を見ている。


沖田さんだけは相変わらず興味無さそうに遠くから眺めていた。




「おいおい、お嬢ちゃんよォ…」
私の目の前にいた隊士さんAが呆れたように口を開いた。
「えーっとな、ここがどんなとこか知ってんのかィ?」
もっちろん!さんざん漫画で読みましたからね!!
「何のつもりで男物着てるかは知らねえけど、第一女が来るようなところじゃねえんだ」
彼は、まるで小さな子に説明するように、ゆっくりと話す。


「ちょっと、俺にも聞かせろィ」
「隊長!」
隊士さんAの後ろに、いつの間にか沖田さんが立っていた。
彼はあわてて横に避け、場所を沖田さんに譲った。
「アンタ、名は」
です」
「住所は」
「うっ……ふ、不定です」
「今の職は」
「む、無職です」
どうしよう、これすっごい不審者ステータス…
「隊長……」
隊士さんは沖田さんと私を交互に見つめる。
その眼が言わんとしていることは私にだってよく分かる。
「しょ、しょうがないじゃないですか!
 まだこっち来たばっかりで住む場所も仕事もないんですから!」
そう叫んでから、はたと気付いた。


(し、しまったああああ)


しかし、今更その発言は撤回できないもので…
どこから来た?なんて聞かれたら厄介この上ない。
しょうがないので私は、
「とっ、とにかく!
女だからって門前払いするのとかやめてください!」
向こうが口を開く前に発言するしかなかった。


言い切ってから、くいくいと袖を引っ張れていることに気付いた。
「ちょ、ちょっとさん!」
それは、ずっと無言だった新八だった。
首を向けると、小声で話しかけてきた。
「何してるんですか!」
「何って…うまくいけば私の就職も決まるし、
 この不法侵入だって許してもらえるかもしれないじゃん」
それに対し、私も小声で答える。
「だからって…」
「大丈夫、ハッタリは得意だから
 まあ、なんとかなるでしょ」
「その楽観的思考はどこからでてくるんですか…」
「ポジティブポジティブ」
人間、ポジティブになれば何とでもなるもんさ。




「別に」
ふと、沖田さんが口を開いた。
私も新八も隊士さんたちもそちらに注目する。
「俺はいいと思うぜィ
 腕がありゃあ女だろーが、住所不定無職だろーが
 ついでだ、今ここで手合わせしよーじゃねえか」
「はい?」
あまりに唐突で、一瞬理解できなかった。
それは私だけじゃなくて、沖田さん以外もそうらしい。
みんな、今の発言の意味を考えてるようだった。
「お前ら、立ち会えィ
 あと刀一本貸せ」
その声で、周りの隊士さんが動き出す。
動き出す、といってもほとんどの人が沖田さんに向かって何か言いたそうに視線を向けるだけだけど。
しばらくしてから、沖田さんに一番近い隊士さんAが
「隊長…、せめて局長や副長に」
と小さく耳打ちしたのが聞こえた。
ただ、沖田さんはその声を黙殺して、刀、とだけ呟いた。
隊士さんは諦めたというように溜息を吐いて、沖田さんに自分の刀を手渡した。
そのまま、目の前にその刀が突き出される。
沖田さんの顔を見上げると、受け取れ、ということらしい。
おずおずと受け取ったそれは、思ってたよりずっと重かった。




(正直、こんな展開は予想外です)









***





「抜きな」
静かに言い放ちながら、沖田さんは慣れた動作で鞘から刀身を抜いた。
少し離れて向かい合う私は、持ち馴れない刀の鞘を強く握った。




なんというか、予想外すぎる。
(真剣なんて持つのも初めてだよ)
(しがない剣道部員は、木刀が精一杯ですよ)
だからといって、今更やっぱ無かったことで…なんてできない。
(まあそんな状況を作ってしまったのは私だけどね!)
最高で最低の自業自得だよ。
それならば、なおさら、


(自分で何とかするしかないよね)






向かい合う私たちの周りには、隊士さんたちと新八が立っていた。
みんな、心配そうな顔をしている。
(そりゃあそうだよね…)
ゆっくりと刀を抜き、(意外と難しかった)鞘を新八に預けた。
それから、正面で正眼に構えた。
沖田さんはというと、無造作に片手で持っているだけだ。
「あんたの腕が良けりゃあ、今回の侵入は見逃してやるし、あんたを俺の隊に入れる
 それでいいかィ」
「あ、は…はい」


息を長く吸って、長く吐く
ゆっくり、ゆっくり、
(落ち着け、落ち着け)




「来ねえんなら、こっちから行くぜィ」
その声が聞こえた時には、沖田さんは身を低くしてすぐ近くに迫ってきていた。
大慌てで上体を反らして大きく一歩下がる。
目の前を、剣先が綺麗な孤を書いて通り過ぎていった。
それから、沖田さんはさらに勢いをつけてもう一歩踏み込んでくる。


(下がっちゃ、駄目だ)
(女は度胸!)
一か八か、沖田さんが踏み込んだ方とは逆側に、私も踏み出す。
刀の鍔元同士を押し付け、そのまま刀身を滑らせながら沖田さんとすれ違う。
(う、うまくいった…!)
そう思ったのもつかの間、
素早く反転した沖田さんが大きく振り下ろしているのが見えた。
私はというと、まだ態勢を立て直し切れていない。
(ピ…ピーンチ!)
無我夢中で振り上げた刀は、
偶然にして幸いにも空中で沖田さんの刀とぶつかり、双方弾き合った。
ガキン、と不快な音が響く。




その瞬間、頭の中が突然冷静になった。
視界が一気にクリアになり、全神経が目の前の沖田さんに注がれているのが分かる。


(また、だ)
試合のときにたまに陥ったこの状態。
(もう慣れっこかな)
(まあ、相手の攻撃避けようと前転なんてしちゃったりして顧問に怒られたんだけど)
というか、こんな事を回顧できる自分の余裕にもびっくりだ。


あとは、手足が勝手に動いてくれる。
ぐ、と刀を持つ手に力を入れてその勢いをなんとか殺しそのまま横に振りきった。
(手ごたえ、無し)
目は沖田さんの動きを冷静に見ていた。
彼は、弾かれた刀の勢いを利用して、そのまま一歩素早く下がった。
そして、刀をくるりと器用に回して構えようとしている。
(立て直されたら厄介だ)
だから私は、無理やりもう一歩踏み出した。
手は勢いだけで思いっきり突き出した。
沖田さんが、驚いた表情で大きく下がるのが見える。
(やった!)


もう一歩、と足に力を入れようとする。
だけどなぜか足に力が入ることは無く、
「あ、」
かくん、と膝が折れるのと同時に、自分の集中力がぷっつりと切れたのが分かった。
沖田さんがその隙を見逃すはずもなく。
素早く態勢を立て直して、その場に座り込むように倒れた私の首元にぴたりと剣先をあてた。
感情の読めない瞳と目が合う。


「……まいり、ました…」
私が小さくつぶやくと、目の前の凶器は静かに引き、滑らかな動作で鞘に戻っていった。


私も無言のまま立ち上がり、
ありがとうございました、と小声で呟いて一礼した。


新八が駆け寄ってくるのが、視界の端にうつる。
そっちに顔を向けることさえ煩わしいと思ってしまう。
新八が差し出した鞘をのろのろと取り、緩慢な動作で刀を収めた。
彼がしきりに口を動かしているのが見えるが、何を言っているのかは全く分からなかった。







(ああ、そうか)


(疲れてるんだ、私)




それから、まるでテレビの電源を切るみたいにぷつりと目の前が暗転した。





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まあ戦闘シーン(笑)は…見逃してください…(090320)