馬鹿騒ぎしよう。

なんたって最後のチャンス。







素敵な喫茶店















高校生最後の文化祭。

我々Z組は喫茶店を開いた。
始めはメイド喫茶にしようとか意見が出たが、

「メイド服が似合う女子なんかごく少数しかいねーだろ」

という男子連中の非人道的な意見により普通の喫茶店になった。


しかし我等女子がそんな男子の冷酷な意見にもくじけず主張し続けたところ、宣伝用として一着だけメイド服制作の許可が出た。

衣裳担当だった私はこのメイド服を全身全霊をかけて作った。
だってこれから先メイド服を堂々と作れる機会なんてないかもしれないんだもの。


元々手芸は好きだし、唯一自慢できるのは手先の器用さだけ。
それを買われて、今回はウエイターの服からウエイトレスの服、果てはテーブルクロスまで布関係は全て任されてしまった。

や、みんな手伝ってくれたけどさ。

文化祭前日、つまり昨日やっと全てのものを作り終えたのだ。



そして今は喫茶店となった教室の奥、椅子や机があるスペースとはついたてで区切られた、いわゆる裏側の片隅でみんなの邪魔にならないようにボーッと座っていた。
学校内を回る気力もない。
目の前ではジャージやTシャツの上にエプロンを着けた女子がジュースを注いだりお菓子やパンを皿に並べていく。

表の方で働いているウエイターやウエイトレスは坂田先生による審査で決められた人たちだ。



そういえば誰がメイド服を着てるんだろう。
気合入れたからなァ、あの服。

妙ちゃんあたりが着てるのかな。

そう思ったとき。



ちゃーん」




妙ちゃんの声が聞こえた。

急いで意識を引き戻す。

妙ちゃんは私に目線を合わせるように目の前にしゃがんだ。

着ている服はウエイトレスのそれだった。
よく似合うその服で妙ちゃんはにっこりと笑った。

それはもう満面の笑みで。
そして、私はそれがあまり良くない出来事の前兆だと知っていた。









それから十分後。



「あのー妙ちゃん?」

「うんうん、いいわね」
残念ながら彼女の耳には入っていない。

仕方なく私はまた目の前の鏡に目線を戻した。
恐ろしいことにそこに映っている私が着ているのは紛れもなく自分が作ったメイド服なわけで。

いつもは適当に結っている髪はご丁寧にツインテールになっている。




「さ、できたわちゃん」

妙ちゃんに肩を叩かれる。
「いやいやいや、できたわって言われましても。何故に私がこの服を?」
「何故にって、宣伝のために決まっているでしょ」
「そこじゃなくて、なんで私がこの服着てるの?
 妙ちゃんとかさ、神楽ちゃんとかが着ると思って作ったのに」

そう。
そもそもスカートなんて制服のスカートしか持ってないような女だぞ私は。

「だって絶対ちゃんに似合うと思ったんだもん。ほらほら、早く行ってらっしゃい」
妙ちゃんの目が心なしか恐いが気のせいだと思いたい。

「………………歩いてくるだけでいいの?」

「ええ。これ付けて、ね」
妙ちゃんが差し出したのは大きく3―Zと書かれたネームプレート。準備いいなァ。
私は安全ピンで左胸辺りに それを付けた。

「それじゃ、いってきまーす」







教室を出てすぐ、私は後悔した。


見られてる。

ものすごく見られてる。
目線が痛かった。

でもすぐに教室に戻るわけにはいかず(妙ちゃん恐いし)私は勇気を振り絞って廊下を歩き始めた。

ついでに言うと、こんな勇気はいらなかった。




校舎の隅のZ組からA組の方に向かって歩く。
個人的にはあまり人目につかないようなところに行きたいがそれでは宣伝にならない。

この際羞恥心とかそんなものは捨てよう。

回りの人たちはかぼちゃだ。
私は今、かぼちゃ畑の中を歩いているんだ。

そう自分に思い聞かせながら校舎内をひたすら歩く。
3年の階から1年の階、2年の階、教室棟だけではなく特別教室棟まで、順に歩いて行った。

気分はかぼちゃ農家の娘だ。




校舎一周は思っていたよりも疲れた。
しかも格好がメイド服なだけ余計に疲れた。

現在地は特別教室棟一階の隅、第二理科室の前。

このフロアはどの教室も使用されておらず、辺りには人どころか猫さえいない。
校舎内なんだから猫がいないのはあたりまえだけど。


ちょっとだけ一休みしようと希望を抱いて第二理科室のドアを引くが、案の定鍵がしまっている。

やっぱり駄目か。
仕方がないので教室に戻って休もう、と思ったとき。

「やあお嬢さん、一人?」
「今暇?」
「俺達と遊ばない?」

いつの間にか後ろにいた男二人組に声をかけられた。
ウチの学校のものではない制服を着ている。

というか、人生初ナンパ。

まさかこうまでベタなナンパをする人がいるとは驚きだ。天然記念物級だ。


そう思っている間にも男二人組は私ににじりよってくる。

まずい。やばい。…きもい。


「えと、あの、私っ仕事が…」
「いいじゃん、ちょっとだけ」

よ く ね ェ よ 。
不意にそう言いかけたが喉の奥でそれを留める。
物事を穏やかに運ぶことに越したことはない。

問題はどのようにして穏やかにこの男達から逃げるか、ということだ。


私がその事について真剣に考え始めたとき。

「オイ、そこ何してる!」

聞き覚えのある声が聞こえた。
残念ながらその声の主は男二人に隠れて私からは見えない。

続いて、走るような足音。

男たちはそれを聞いて舌打ちを残し去って行った。
去り方までベタだ。

男二人組が消え、開けた私の視界に入ったのは見慣れたクラスメイトの姿。


「大丈夫か…って、!?」
「やあ土方くん。助けてくれてドウモアリガトウ」
多少棒読み気味にお礼を言うと、風紀委員の腕章を付けたイケメン、土方くんはため息をついた。
あ、イケメンって死語だ。

女子平均身長より少しだけ低い私は、必然と土方くんを見上げる形になる。
やっぱりイケメンは下から見上げてもイケメンだ。

さ、何そんな格好でこんなとこうろついてんだよ。絡んでくれって言ってるようなもんじゃねェか」
「あーそうだね。今後注意することにするよ。でもこの格好はクラスのためですからね」
趣味じゃないよ、と念押ししても土方くんは生返事だ。

そろそろお暇した方がいいかもしれない。
土方くんは忙しいだろうし。


「それではごきげんよう土方くん」
頭を下げて階段の方へと向かおうとした矢先。

「あ、おい
土方くんに呼び止められた。

「なんですか」
「途中で総悟見かけたらきちんと巡回やれって言っといてくれ。そこらうろついてるか屋上にいると思うから」
「ああ、うん分かった」
自分で行けよ、と思ったのは秘密です。
土方くんは忙しいのだものね。




その後、来たときと同じ道筋を通ってZ組に帰ったが、沖田くんの姿は見えなかった。


「お帰りちゃん。おかげで大盛況よ」
確かに、教室の中は私が教室を出たときより賑わっていた。

「あ、妙ちゃん。お疲れー。ところでちょっと屋上に行ってくるよ」
「え、その格好で?」

そういえば自分メイド服着てました。

「まあいいや。着替えるのめんどくさいし」

「あらそう?じゃあ気をつけてね」

妙ちゃんに見送られて教室を出た。



屋上に続く階段を昇る。
一段上がるごとに学園祭の喧騒も少しずつ遠くなっていく。


そういえば、沖田くんが屋上にも居なかったらどうすればいいのだろう。
諦めてしまえばいいのかな。

そう思いながら屋上の扉を開けた。
キィ、と蝶番が小さな悲鳴をあげる。

風は弱く、静かだった。
扉の正面、手摺りに体を預けてこっちを見ている沖田くんを発見。


「…何だ。誰かと思えばですかィ。どーしたんでさァ、そんな格好して」
たっぷり十秒は私にガンつけて、じゃなくて見つめてから思い出したように言った。

「えっとですね、土方くんに頼まれまして。伝言です。きちんと巡回しろ、だそうで」
「あーわざわざそんな事言いに来たのかィ。土方もクラスメイトパシリに使うなよ。死ねばいいのに」
あれっ。今甘いマスクの沖田くんから信じられない単語が出た気がする。
気のせいということにしておこう。

「沖田くんこそ、こんなとこで何してるの?」
「俺は今人生について考えてたんでさ」

そう言いながら沖田くんは制服のポケットを探ると、棒つきキャンディーを取り出した。
包装紙を破り、口に入れる。

「や、そんなキャンディー食べながら言われましても」
沖田くんは包装紙を握り潰しながらマジでさァ、と言った。

沖田くんの隣に並んで、手摺りに腕を置いて外を見た。
服に錆が付くかもしれないけど気にしない。


良く晴れている。

朝の開会式で校長も言ってたけど絶好の文化祭日和だ。
いや、こんな日は散歩とかした方がいいかもしれない。


は」
「はい?」
沖田くんがキャン ディーを舐めながら話し掛けてきた。

は考えてんのかィ?進路とか」
「あー、一応ね。被服関係の専門学校にでも行こうかと。沖田くんは?」

「俺はまだ決まってねェや」
ガリ、とキャンディーを噛む音が聞こえた。

「へー」
「…驚かねェんですかィ?」
逆に沖田くんが驚いているようだ。

「私だって人の事言えないし。この文化祭で服作って、なんか楽しかったからそーしよっかって思っただけだよ。
 一ヶ月後には保育士になりたいとか言ってるかもしれないし。進路なんてそんなもんじゃないかな。
 なんたって我等Z組の担任は坂田先生だからね」

「そーですねィ」
沖田くんが小さく笑いながら相槌を打った。
「え、私何か変な事言った?」

その顔はとても可愛いけれども。
女の私なんかよりもはるかに可愛いけれども。

っていつも静かだからおとなしい奴だと思ってたんですがねィ。案外語るんだなァ」
沖田くんがそんな事を言うものだから、え?私は大人しい子だよ、と言ったら
「それ自分で言っちゃだめでさ」
と真顔で言われてしまった。ちょっとショック。

「さて、そいじゃそろそろ行っときますかィ、土方さんうるさいだろうし」
「行ってらっしゃいませ、ゴシュジンサマ」
せっかくメイド服を着ているんだから、と言ってみたはいいもののご主人様、で噛みそうになった。
なんて不様だ、自分。

沖田くんはツッコミもせずに私に向けかけていた背を反転させた。



「さっきはステキなお話どーも。コレは代金でさ。釣は取っとけィ」

そう言って沖田くんは私の口にそれを突っ込んだ。

私はたぶんかなりマヌケな顔をしていたと思う。




口の中で、少し欠けたキャンディーの甘酸っぱいイチゴ味が広がった。









(061229緋桃)(井灘櫻さま主催「銀魂高校文化祭!」に提出させていただきました)